野澤洋輔profile
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積極的なプレーとロングスローが武器の守護神。2001年は44試合フル出場。
2001年にはGK防御率1.00の好成績を残す。
     

野澤 洋輔

のざわようすけ
背番号 21 GK
ニックネーム ノザワ・のざ・のざりん など (2003年にはのじ とも・・)
生年月日 1979.11.9(さそり座)

血液型

O型
身長  181センチ
体重 77kg
出身地 静岡県静岡市葵区
出身校 日本大学三島高校
家族 両親・弟・妹・祖母

サッカー暦&前所属
中学3年生時:U-16 日本代表選出(強化合宿に参加する) 
高校2年生時:Jユースカップ優勝 清水エスパルスユースを得て 98’清水エスパルス入団
(高校時代バスケット部に所属 静岡県選抜で活躍)
00’アルビレックス新潟入団
2001.3.11J2第一節Jリーグ初出場&アルビ初出場(vs鳥栖)
J2リーグ通算 131試合0得点
J1リーグ通算 57試合0得点
オールスター出場記録 200年度より3回連続出場
好きな食べ物 たいやき(あんこが好き)スイカも好き
サッカーをはじめたきっかけ 小学校の時、仲の良い友達がやっていたから
GKになったきっかけ たまたま小学校のとき背が高くて、監督にやてみろといわれてやったのが最初のきっかけ。

    アルビレックス新潟のGKは?と聞かれて、大抵は21番 野澤洋輔と答えるであろう。それほど、定着した正GKの座。
しかし、試合に出るようになったのは2001年から。その前の2000年はベンチ入りするも、なかなか出場機会に恵まれなかった。
清水エスパルスユースから清水エスパルスにプロ入団した2年間は一度も試合には出れないまま解雇。 「このときは本当に悔しくて、一緒に泣きました」(お父さん談) アルビレックス新潟に入団するも1年間野澤選手一人だけが試合に出れない日々。 
毎日、ひたむきに練習に励む姿の影には、泣いて過ごすこともあったのではないだろうか。
 故郷の知り合いに連絡するたびに「今度は、俺、出れるかもしれない!」というものの、結果的には1度も出場ならず。。そんな日々が続きながらも、「新潟に骨をうずめる気持ちで頑張ってこい!帰ってくるな!」と故郷の叱咤激励に励まされ、練習に励んだ彼。

GK1番 木寺の怪我でようやく、のざにもチャンスはやってきた。

2001年。監督が反町康治監督になり、「若い守護神 野沢洋輔 」の誕生!
 
なんと44試合フル出場!!チームも好調の波にのり、 第41節 J1昇格争いの切り札ともなりうる試合11月3日ビッグスワンで行われた京都パープルサンガ戦。サポーターの期待も大きく42011人もの観客数。
この時点でアルビレックスは第3位(得点73)2位のベガルタ仙台と1位の京都パープルサンガは得点 同じく77点。アルビレックスが得点リードしていたところで、“のざ”の思いもかけぬミス。当然キャッチしただろうと思う瞬間☆ボールが“のざ”の手をスルッと抜けてゴールに・・・。まるで夢をみているかのような一瞬だった。何がおこったのか?結果的に延長にもつれこみ、Vゴール負け。さすがに、あの後しばらく連絡がとれず、お家の方も、新潟に行ってこようかと心配したそうだ。
のちに、自分のサッカー人生そのものを表すような出来事だった。と、本人も語っていた。
この瞬間があったからこそ、今の“のざ”がある。あれは彼のサッカー人生において、なくてはならない瞬間だったのだ。
 
2004年に初めて怪我というアクシデントによる試練。2003年J1に昇格し、その後も正ゴールキーパーとしてゴールマウスを守り続けるものの、
J1 2stステージ第2節 市原戦の前日練習中に左膝靭帯を故障。
 その後、第4節よりベンチ入りするも、スタメンは木寺選手。2001年から正GKの座に就き「守護神」と呼ばれた野澤洋輔選手が、その後
約3ヶ月ぶりでピッチに帰ってくる!オールスターにも初めて出場を果たす。

2005年シーズンはヤマザキナビスコカップ第2節(対神戸)でやり直しPKを含めて2度阻止するなど、おおいにサポーターを沸かせる活躍。
連続オールスター戦にもJリーグ推薦枠とはいえ連続出場を果たす。
 しかし10月1日川崎戦にて新潟最終ラインの裏へ抜け出したところ、野澤選手が飛び出してスライディングでクリア!が、主審は野澤選手にレッドカードを提示。信じられない判定!!
相手選手も「手に触っていなかった」と証言してくれている。。明らかに誤審である。 それ以降、GKは木寺の出場、天皇杯にてピッチに帰ってくることとなる。

2006年シーズン、監督が反町監督から鈴木淳監督へと変わる。
新潟で、日本代表に最も近いのは、GK野澤洋輔とメディアにも注目を置かれる存在。第7節ヴァンフォーレ甲府戦では、アウェイで4-0と完封勝利を収め、チームの調子もこれから!と思った。 しかし、その後、ナビスコカップで監督は、北野選手起用。以降 スタメンを飾るのは北野選手。チームの若返りと若手育成を目標にしているからなのか? 以後、NOZAにとっては、辛いシーズンが続く。 しかし、野澤選手が復活するのを信じ応援するファンは多い。サポーター投票堂々の1位で、3年連続オールスター戦出場を果たす。

2007年シーズン。キャンプ入り寸前の練習で足を怪我。いきなりグアムキャンプでは別メニューでの開始となる。 が、清水での二次キャンプからは練習に合流。 何よりも、サッカーがしたい!そんな思いからスタートしたシーズン。
今年は、【復活あるのみ!】と 強いメンタルで野澤洋輔復活にかける2007年シーズンが始まった。

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~*~*~  いつも笑顔で明るい野澤選手の印象ですが。。その明るさは=、裏返せば強さの表れだと管理人は思います。  ~*~*~

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