山本監督(2004年現在オリンピックチ−ム監督)とは、NOZAと出身校が同じだが。
 高校時代のNOZAは週5日エスパルスユ−スの練習、2日はバスケットの練習。
バスケは練習と言うより大会があればそれに出場していたと言った方が良いぐらいの練習でしたが、
それでも1年生からレギュラ−で選抜選手に選ばれるほど身体能力が優れてました。
 
 そんなある日、その高校のサッカ−の監督さんから「本校のOBの山本から新潟で行われたユ−スの大会で
エスパのゴ−ルを守っている選手が本校に居るはずだ!すごい能力を持ったGKだから本校でサッカ−やらせる様に!!」と連絡が入った。」
とバスケの監督さんに話があり「野澤頂戴!騒動!」が起こったそうです。
 新潟での大会中、NOZAの顔にスバイク入り、脳震盪でそのまま救急車で運ばれ気がついたら病院。
前歯を何本も折り、大変な怪我だったようですが、次の試合には出場。こんな闘志を見ていてくれたのかもしれません。
 
中学のバスケット試合でも転倒したと思ったらビョンピョンと片足で走り出して2往復。
レフリ−タイムがかかりやっと戦うのを止めたなんてこともありました。この時も骨折でした。
ガッツのある、そんなNOZAです。

そんなガッツな野澤選手のやさしい原点となっていると思えるエピソード


 中学の頃、骨折の時がちょうど学校行事のキャンプ。 集団長だった為、松葉杖で参加。
そんな集団長を気遣い、皆でバックアップしてくれて、楽しいキャンプが無事終了。
そして、解散式のとき、集団長としての挨拶で・・・・皆の友情と思いやりが嬉しくて、嬉しくて、感激で涙、涙の挨拶。 
それを聞いて、他のみんなも 涙。なみだ。涙。。。 そんな思い出多き中学3年生のキャンプを体験できたのが、ノザの人にやさしい原点となっている。
《ガッツNOZA!》

中学3年の最後のリレ−では、1年生から順番にバトンを受けて、アンカ−の洋輔選手へ。
その時は3位で1位とは5mぐらい離されていた。
1位のアンカ−はどうしても勝てなかった陸上部のキャプテン。アンカ−は2周走るので、1週目は楽に走り、最後の50mで全力で!と,、作戦を立てて走ったらゴ−ル前で追いついて、2人同時にゴ−ル!
洋輔選手はそのままゴロゴロと転倒(てんとう)。
そして、中学で、なんとすごい!写真判定(はんてい)になり・・・その結果・・・胸の差で勝ち、逆転で洋輔選手のいた青組のチームの優勝へと導いた!
小学校の運動会の話。
いつもリレーの選手になるほど足の早かった野澤選手。小学校の運動会で、カーブで滑ってころんでしまい、3位になって、終わってから 悔しくて悔しくて、両親のところに来ては、ワァンワァンと泣いたことがあった。 
負けると悔し泣き、勝つと大喜びしてハイタッチ!そんな野澤選手の少年時代。 悔しいという気持ちが成長に繋がっている!
小学校時代のエピソード
中・高校時代のエピソード