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 <2009年 Media Book>


記録

 J1リーグ通算 57試合0得点
 J2リーグ通算 131試合0得点
 カップ戦通産 17試合0得点
 天皇杯通算 7試合0得点
 Jリーグ初出場・・・2001年3月11日J2第1節新潟(VS鳥栖)
 Jリーグ初完封…2001年3月31日J2第4節(VS川崎F)
 アルビ初出場…2001年3月11日J2第1節(VS鳥栖)
 アルビ初完封…2001年3月31日J2第4節(SV川崎F)
 JOMOオールスター出場記録・・・3回
 Jリーグ通産200試合出場達成する・・・2009.5.2(vsC大阪)にて



シーズン 所属クラブ リーグ戦 リーグカップ戦 天皇杯
2001 新潟(J2) 44(0) 1(0) 2(0)
2002 新潟(J2) 43(0) - 1(0)
2003 新潟(J2) 44(0) - 2(0)
2004 新潟(J1) 19(0) 6(0) 1(0)
2005 新潟(J1) 26(0) 6(0) 1(0)
2006 新潟(J1) 10(0) 2(0) -
2007 新潟(J1) 0 - -
2008 新潟(J1) 2 2 -

今季より、かつてのアルビレックス新潟監督であった反町監督を迎えるJ2湘南ベルマーレへ完全移籍となりました。

アルビレックス公式サイトより 〜2009.1.6〜

まず、このような形で新潟を去ることになり、本当に申し訳ありません。最後まで野澤の復活を願ってくれていた方々、子供達ごめんなさい。
皆さんは良いときも悪いときも一緒にいてくれました。
嬉しい時も辛いときも一緒の気持ちでいてくれました。
そんな家族のようなアルビレックス新潟のサポーターが大好きです。
そして自分を人間として育ててくれた新潟というこの地も大好きです。
どんな形だろうと、この第2の故郷新潟にまた帰って来たいです。
9年間、本当に、本当にありがとうございました。



--スポニチより記事抜粋-- 2009.1.17

「新潟のサポーターありがとう」
「今度ブーイング浴びたい」
「出て行きたくなかった」


引越しが終わっても、新潟にまだ、いられるような気がしている。ここを出て行くのかな、という感じ。本当は出て行きたくなかったし・・・。
初めて新潟に来たときも雪。新潟駅南口に下りたときは風と雪で凄く寒かった。それから9年。雪で終わって雪で終わった。
生まれて20歳まで育ったのは静岡だけれど、サッカー選手として成長させてもらったのが新潟。
ここは第2の故郷だと思っている。沢山の人たちに支えてもらった。何より多くのサポータが居たからここまでできた。 
だから本当にもうしわけないという気持ちを感じている。

試合に出られないときも、ずっと復活を待っていてくれた人がいたし、手紙やメールで励ましてくれた人もいる。直接声をかけてくれた人もいた。
そういう人の前でやっぱりプレーしたい。選手として再び新潟に戻ってくるのが一番いいことだけれど、敵としてスワンのピッチで大ブーイングを浴びてみたい。

新しい環境に慣れなければいけないし、サッカー以外のプレッシャーもある。早くサッカーに専念できるようにしたい。毎年、頑張ろうと思っているけど、今季は2倍、3倍も頑張らなければならない。

今年で30になるけど、GKとしてはこれからもっと脂の乗った選手になっていきたい。

新潟での日々は財産。J1昇格が一番の思い出。 最高のスタジアムはビックスワンで、新潟のサポーターは最高だった。
現役を辞めて"何かやらなければ”というときには戻ってきたい。 アルビのスクール・コーチとして子供たちを教えたい。



〜新潟week P101 より〜
<直筆で>
9年間 本当に!本当に!本当に! ありがとうでした。
皆と闘ってきた時間・力 大切にします。
皆がいたからここまでやってこれました。
アルビサポの皆 愛してます
新潟愛してる!!

新潟最高!! アルビレックス21  09.1.16 
  


1月19日「湘南の野澤洋輔」としてスタートを沖縄キャンプで切った。
「ソリさんに呼んで貰ったからといって、ポジションが安泰なわけじゃない。当然、奪い取らなければ」と気持ちは前向きだ。


その3日前16日。新潟の町に別れを告げていた。引越し業者と共に慌しく荷物を出した。最後に業者の担当員にサインを頼まれ「アルビレックス新潟・21」。そう記す最後のサイン。そしてがらんとした部屋の窓から見える風景をしっかりと目に焼き付けた。
「正直、今年も新潟にいたかった」 ただ、それが許される状況ではなかった。
新潟への愛着と選手としてのPRIDE。 その狭間で揺れた結果が移籍だった。

新潟を「第2の故郷」と言い切る。
プロとして成長すると同時に、20代を過ごし、人間としても成長した土地。
サポーターの声援のありがたさを感じ それに応える責任を自覚した。
だからこそ、埋もれたままではいられなかった。

将来、「新潟に帰って来たい」本音だった。
スクールのコーチとして子供たちを教えたい。そんな夢がある。ただ、その前にどうしてもやりたいことが1つ。「J1に昇格してビッグスワンに戻ってきたいですね。大ブーイングで迎えてもらいたい」と笑った。




〜2009.3.31 ニッカンスポーツより〜

【反町監督はサッカー界の親です】

開幕戦後の反町監督の誕生日に水をかけて祝福した。「何かしても大丈夫ですか?」と聞かれると「大丈夫みんなで1つになろう」と呼びかけた。ずぶぬれになった監督は、
監督は「GKは信頼関係が必要だけど、何よりあいつは人なつこい。1週間で溶け込んだよ」と笑った。

今年2月、反町監督から直接誘いの言葉はなかったが、オファーが来た時点で「呼んでくれた」と直感した。
01年新潟に新任の反町監督からプロ入り後はじめて定位置を与えられた。
起用の理由は聞かされなかった。監督と選手の一線を越えて、じっくり話す機会もなかった。
ただひたすらに、がむしゃらにプレーを続けJ1昇格を成し遂げた2年後、メディアを通じて、初めて自分についての評価を耳にした「野澤はおちゃらけているけど、やるときはやってくれるんだよ」

野澤は影日なたなくチームを支えていた。新加入の選手に誰よりも先に声をかけ、時には家に泊めて、チームに早く溶け込める手助けをした。そうした姿も見ていての評価だった。

「きずなって、そう簡単にできないけど、オレのすべてをわかってくれた。」 この監督について行こうと心に決めた。
 
「サッカー界の親です」プロの世界で、そこまで言い切れる関係はあまり見たことがない。
「湘南をJ1に上げ、反さんを男にする」 交わす言葉は少なくても、固い絆がある。


〜2009.5.17 vsザスパ草津戦マッチデープログラムより〜

5月2日のセレッソ大阪戦で、野澤選手がJリーグ通産200試合出場を達成しました。
野澤選手のコメント
「200試合出場を達成できたのは、サポーターの皆さんのおかげです。私が「ありがとう」ではなく、一緒に戦った証として皆さんに「おめでとう」という言葉を贈らせてください。」
(提供:ホーリーさん)
湘南ベルマーレ インフォメーション ザスパ草津戦直前!監督・選手コメント   〜2009/05/17〜 より
◆反町康治監督
常に挑戦者としてやるべきことは変わらないですね。
水戸戦は点差が開いたけどほとんどの試合は1点差での勝利。
ただ、その1点に隠されているものがある。
練習でどれだけ突き詰めてやっているかは試合に必ず表れてくるもの。
明日の草津戦も自分たちのやるべきことを整理して練習してきたし、それをピッチの上で形にしたい。
草津は結果が出ていないけれど、選手が活き活きとサッカーをやっているチームだと思う。
誰を、というわけでなく全員を警戒しなければいけない。
打ち合いにならないようにしなければいけないですね。
例えば坂本は、この間ハットトリックしましたけど、ペナの中に入ってくる回数は昨年に比べて2倍になっている。
アジエルよりも多いかもしれない。
その分、坂本の運動量は昨年以上。
でも、苦しいはずなのに、楽しそうにやっているところがいいね。
みんなそうだけど、全体的に運動量が増えて苦しいはずだけど、成果として表れていることもあって、みんなしっかりとやる。
僕は何も言ってないよ。
選手たちがトレーニングから意識してやっているということだと思う。

◆野澤洋輔選手
--草津戦までの1週間はどんな風に過ごしましたか?

キーパー練習は本当にきつかったですね。
2連休なんかないほうがいい!と思うくらい(笑)。
でも妥協なくやれたことはよかったと思います。

--明日の草津戦は?

このくらいの時期から勝点的にも差が出てくるけど、相手の勝点や順位関係なく闘いたい。
首位にいるチームに一泡吹かせてやろうよいう意識は強くなるもの。
僕らは当然受けてたつのではなく、いつもどおり向かっていきたい。
前節の水戸戦の前半は、今季最悪の出来だった。
水戸に決め切れなくて本当に助かった試合。
気持ちの問題もあるし、絶対に同じことを繰り返してはいけない。
水戸戦の後半の気持ちで最初からやらなければいけないですね。

--首位という追われる立場については?

追われてるなんて意識はないですね。
自分たちはJ1を追っているわけで、常に追う立場です。
登っている山の頂はまだ低くて、大沢崩れじゃないけど、登ったと思ったらまだまだ先に本当の頂があるという感じ。
でも小さいてっぺんに登らないとその先も見えないから、一歩一歩進んでいる状態。
まだまだ、本当のてっぺんは遠いですからね。


選手独占インタビュー・・・・・・・・ニューカマーへの20の質問 --公式サイトより

--1.趣味は?
 献血!(即答)ホントですよ。もしくは、日記をつけること。
--2.特技、得意なことは?
 “高速目動かし”以外で?(スカパー!で披露したの、見ました?すごい技、持ってます)そうだなぁ…手紙を書くこと!
--3.ニックネームは?
 のじ、のざ、ヨウスケ(ちなみに“のじ”というのは、新潟時代に野澤選手のことを“野嶋選手”だと勘違いした選手がうっかりつけたニックネームだそうです)
--4.小さい頃はどんな子どもだった?
 わんぱくでした!小学生と中学生の時は、どっちも応援団長をやりました。
--5.こんな人になりたい!という理想は?
 けっこう今、いい大人です!(笑)
--6.好きな食べ物は?
 スイカ、たい焼き、チーズ(即答)
--7.では嫌いな食べ物は?
 たこ焼きとかの中に入ってる、刻まれた紅しょうが(細かっ!)アイツ(←しょうが)はちょっと、邪道な感じがします。
--8.三度の食事より好きなこと、とは?
 三度のおやつ。(……ん?)特にあんこが好きです。
--9.こう見えて実は●●?
 目が悪い。(確かにあんなに目が大きいと、視力よさそうですよね)
--10.100万円、使い切るとしたら何に使う?
 ほしいもの、ないんです。5回くらいに分けて、みんなに奢ろうか?(それはぜひ!)
--11.無人島に3つ持っていけるとしたら何を持って行く?
 ナイフ、チャッカマン、HARU(ハル)(HARUとは、野澤選手の愛犬。英語表記は必須です)
--12.好きな本は?
 ホラーとかサスペンス系の小説が好き
--13.一番好きな曲は?
 MINKの「ETERNAL LOVE」旋律がなんとも言えません!
--14.得意料理は?
 何でもイケます!
--16.家族構成は? 
 祖母、父、母、弟、妹。
--17.ベルマーレの第一印象は?
 若い!
--18.一番のモテ期は?
 中3できてしまいました。あの時は、面白きゃモテるみたいな時期でした(笑)
--19.生きていく上でのこだわりは?
 こだわりを持たないところが、こだわり!
--20.一番の宝物は?
 時間!
※というわけで、野澤選手への20の質問でした!分りやすいような、一筋縄ではいかないような…(笑)、不思議な魅力の持ち主です。


2009.10.23   -熊本戦に向けて 神奈川新聞記事  みわさんより- 


その冷静沈着なプレーに、その明るいキャラクターに、今季の湘南は幾度、助けられただろう。
GK野澤が与える包みこむような安心感こそ、守護神と呼ぶにふさわしい。
新潟から、恩師である反町監督を追うようにやってきた。
昇格を争うしびれる試合の連続に、プロ12年目で「GKとして一番の状態」を迎えているという。
「緊張している自分の体の状態を楽しんでいる。90分集中して、ホイッスルが鳴って、その時感じる解放感。あふれる感情を押し殺して、耐えて。その先にある極み、喜びを感じたい。」目立つことが好き。ファンも仲間も、楽しませずにはいられない。だが、プレーは意外なほど堅実で派手さがない。そしてミスもない。
「10センチ遠いクロスに出ていけないかもしれないし、ボール一個分のシュートが取れないかもしれない。それより、心掛けるのは取れるボールを確実に処理すること。派手に飛び出すプレーと、どっちが失点しない確率、勝つ勝率が高いのか。
4試合連続完封勝利は、個人としても経験がないという。
「でもここからは、失点ゼロじゃないと勝てないと思ってるから。」
昇格確定のホイッスルまで。「0」を並べることが使命だと感じている。