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 <2008年 Media Book>


記録

 J1リーグ通算 55試合0得点
 J2リーグ通算 131試合0得点
 天皇杯通算 7試合0得点
 Jリーグ初出場・・・2001年3月11日J2第1節新潟(VS鳥栖)
 Jリーグ初完封…2001年3月31日J2第4節(VS川崎F)
 アルビ初出場…2001年3月11日J2第1節(VS鳥栖)
 アルビ初完封…2001年3月31日J2第4節(SV川崎F)
 JOMOオールスター出場記録・・・3回




シーズン 所属クラブ リーグ戦 リーグカップ戦 天皇杯
2001 新潟(J2) 44(0) 1(0) 2(0)
2002 新潟(J2) 43(0) - 1(0)
2003 新潟(J2) 44(0) - 2(0)
2004 新潟(J1) 19(0) 6(0) 1(0)
2005 新潟(J1) 26(0) 6(0) 1(0)
2006 新潟(J1) 10(0) 2(0) -
2007 新潟(J1) 0 - -


昨シーズンはグアムの1次キャンプ出発前に怪我で、キャンプインから別メニューでのスタートとなった野澤選手。
2007年シーズンは結局試合出場機会に恵まれず、悔しい1年となってしまった。

今季2008年シーズンは アテネ五輪代表にも選ばれながら久々にJ1の舞台に立つ黒河貴矢選手が加わり正GKとして昨年全試合に出場した北野貴之選手と、野澤選手の定位置の奪還にさらに燃えるシーズンのスタートとなる。


 



 『2008年グアムキャンプレポート』 GK野澤洋輔 コメント ・・・・ モバイルアルビレックス(2/14)より

 TRG神戸戦で先発出場、前半45分間の出場だった野澤選手。

「1次キャンプなので体力アップと技術の向上を目指してきた。個人的には体も動いているし、コミュニケーションをとっていいチームにしていきたい」とコメント。熾烈なポジション争いについては「誰かが怪我をしたらチャンスという状況なので練習から気の抜けない状況。」と言う。昨年グアムキャンプを怪我のリハビリで過ごしてしまった苦い経験があるだけに今年を勝負の1年と決めている。

「去年1年間試合に出ていなくても応援してくれたサポーターや、支えてくれた家族のためにも色んな状況に負けずに、みんなを勇気付けられるように頑張りたい」。

UX21 『Jアルビ 激しさ増す 正GK争い!3人が語る』  (2/19)より  ・・・・GK野澤洋輔選手インタビュー

「今同じスタートラインにたっているとは思わない。50mも100mも二人の後ろを追いかけていると思うから、いいプレイをしなくてはいけないのは当たり前だが、ミスをしたらまた引き離されてしまう。そういう気持ちでいる。
まずは、どんな状況でも1試合出て、そのチャンスを物にするかどうかは自分次第。個人的にはパーフェクトでやっていきたい。


『 正GK奪回に闘志』  (3/1)新潟日報朝刊より

昨年のキャンプは怪我で出遅れたが、今期はスタートから充実したトレーニングを積み「体も動いている」と順調な調整ぶり。「失点の確率を減らせるプレーが出来れば」と細かいポジショニングやコーチングの改善に励む。

国士館大戦では主力組で45分間プレーし的確な指示を出し、危ない場面は好セーブで防ぐなど存在感を発揮し、鈴木監督は「よく声を出して守備を引き締めた」と評した。

昨季は 出場機会に恵まれなかったものの気持ちを切らさず練習し、サインを求めるサポーターにも快く応じていた。「応援されていると感じている」今季はビッグスワンのピッチに立つ事で、熱い声援に応えていく決意だ。


【さりげなく整えた戦う覚悟】
 
守護神奪還。明確なテーマが野澤洋輔にはある。その1点に絞ってプロ入り11年目のシーズンを迎える(斉藤慎一郎) 
        〜Week アルビレックス新潟オフィシャルBOOK  ヒューマンストーリ野澤洋輔 より〜


2月26日開催された激励会。
黒のスーツ姿でステージに立った野澤は、いつもとは違う雰囲気だった。
今までの野澤の挨拶は1つの名物であった。だが今年は違った。ユニークなキャラクターの野澤は見られなかった。
ストレートに述べた感謝の言葉。 ファンを楽しませることをやめるわけではない。今までの形ではなく、ちがう形、内容でファンに喜んでもらう。2008年シーズに向け最初に決めたことだった。
 違う形、違う内容。⇒ 試合のピッチで『野澤らしさ』を見せること。

ただ基本的な部分は変わっていない。喜んでもらえるシーンはピッチの中。今までの個性を抑えても、プレーヤーとしての自分らしさを追求する。そのことで、すべてがプラスに変わると信じている
監督の鈴木淳は言う。「野澤はいいですよ。モチベーションも高い。」 スムーズに迎えようとするシーズン。ゴールマウスに立つための準備は、さりげなく整えてある。

グアム、静岡でのキャンプ中、野澤は好調だった。 グアム最後の練習試合浦和戦は前半35分無失点。その前の神戸戦はPKの1失点。 最も手ごたえがあったのは初戦の札幌戦。広範40分間で1失点したが、相手の完璧なシュートを止めた。ガラ空きのゴール正面を狙われたミドルシュートを、左に飛びながらはじき返した。左から右に巻いて落ちてくる軌道。巻きはじめたところをカットした。 

技術的な部分だけでなく、フィジカルでも強さを見せていた。神戸・レアンドロに対し足元に飛び込んだ。このときの接触で頭を打った。それでも淡々と守った。「平気なわけはないと思う。かなりひどく当たっていたから。強いですよアイツは」。
内田潤は野澤の肉体、メンタルの両方の逞しさに目を見張った。

オフ、ささやかれていた移籍は考えていなかった。新潟でポジション争いをする覚悟はすぐに固まっていた。「このまま消えるわけにはいかないですよ。悔しいという気持ちがなくなったら、本当に終わってしまう。」変わらずに応援してくれる人たちは多かった。「あの人たちのためにも、やっぱりやらないと。期待に応えたい」温かい気持ちへの恩返し。何をしなくてはならないかは明白だった。

「僕はオリバー・カーンみたいにドシっと構えて、さあ、来い!という感じではない。どちらかというとデビッド・シーマンかな。周囲を冷静に見ながら、緩急にも強弱にも対応する。 柔軟に構えながら、早く反応する」

チャンスをものにするためのもう1つのテーマ。『体も心もリラックスすること、僕にはそれが必要」今年は、どうすれば体をリラックスさせた状態でプレーできるかに集中している
11年目になるプロ生活。自分の特徴はわかっている。

「周囲へ指示を出し、ボールとは逆サイドのケアもある。そしてもちろんシュートに備える。ゴールキーパーはいろんな状況に対処しないといけないと。それを力が抜けた状態で全部こなせるようにならないと」 
「上は見ない。前を見る」試合に出たい、いいところを見せたい。昨年、一昨年と、常に気持ちは高揚していた。答えが出ないことでそれが空回りにもなっていた。今年は目の前のやらなければならないことに取り組む。そのためには上ばかりを見るのではなく、下を向いて足元を確かめることも必要だった。視線が前にあれば、どの方向も見やすい。「初心に返るというか、もともとやらなければならなかったこと。それをあらためてしっかりできるようにしようという感じかな。」

「危機感は強いですよ。ちょっとダメならチャンスはなくなる。ベンチにもいられなくなる」そんな時だから自分の理想を極めようとする。 尊敬するGKがいる。広島に移籍した木寺浩一。
「木寺さんはいつもリラックスしていた。淡々と準備をして、試合に出たら、一喜一憂するわけでもなく自分がやらなければならないことは本当にきっちり仕事をしていた。すごいですよ」
 木寺のように、動じることなく、やるべきことをやる。見習うべき存在が近くにいたことにも気がついた。「もちろん、それで結果を出さないと」 自然とサッカーに集中しようとする自分がいる。練習、試合に繋がる全てのものにこだわる気持ちが芽生えた。


モバイルアルビレックス新潟 3/18 より
チームとしても個人としても「まずは1勝しなければいけない。気持ち出してひたむきに、しっかりとプレーしたい。」と言う。鈴木監督は「ゲームの中で声が出せる。DFラインの統率という部分で仕事ができる。あとは、ボールをフィードする能力が高い。」と言う。その期待通り野澤は「洋司絞れ!」「直人中盤をつかめ!」などゲームが展開している間、絶えず大きな指示の声をが最後尾から出し続けた。昨日に続いてボランチの位置に入っていた松尾は「ノザは人気があるからスタジアムはすごい雰囲気になりそう。それを味方につけたい。」と言う。
「1日、1日が勝負だから」。その言葉を表すように、野澤はシュートの1本、1本に懸命に体を投げ出していた。




モバイルGOGOアルビレックス新潟 8/29 より
野澤、「2年ぶり」の勝利(8/29) サテライトリーグ・新潟対大宮戦が29日、新潟市陸上競技場で行われ、新潟が3対1で今季初勝利を挙げた。 
この試合のGKは野澤洋輔。開始直後にセットプレーから失点するが、その後は落ち着いてバックラインをリード。無難に試合をまとめた。
「簡単にシュートを打たせないのが僕の持ち味。ラインの上げ下げはうまくできたと思う」と納得の様子。
ボールの処理ではペナルティーエリアの外に出てクリアするシーンも度々見られた。

「雨で足場が悪かったので、自分があれくらいやらないと最終ラインは苦労するでしょう」
と全体を冷静に見ていた。 野澤がスタメンの試合での勝利は2006年のリーグ戦第8節名古屋戦以来
「2年ぶりの勝利だね」とサテライトとはいえ、貴重な勝利に笑顔を見せた。

トップチームは現在4連敗。チームの士気を揚げる意味でも、大事な一戦で最低限の結果と内容は残した。

モバイルアルビレックス新潟 【戦士たちの今】コラム  9/5(金)〜気持ちよくプレイさせたい〜 より

先週8/29のサテライトリーグ・大宮戦でGKとして90分間ピッチに立ち、今季サテライトリーグの初勝利に貢献した野澤洋輔。
開始1分にCKから先制を許したものの、その後は落ち着いたコーチングと飛び出しで、ピンチを未然に防いでいた。

リーグで4連敗とチームの雰囲気が重くなっているからこそ、「サテライトでも、勝利でチームの雰囲気が明るくなればいいし、サポーター
が喜んでくれて嬉しい」と語る野澤。
大宮戦、そして現在のチームの状況について、野澤らしく語ってくれた。

――実は、野澤選手が出場して勝った試合が、久しぶりだったと聞いたのですが。
 2年半ぶりです! いや2年半以上か(笑)。勝てないことを気にしてはいなかったですけれどね。


――試合は開始1分に失点を喫してしまいました。
 やられはしたけれど、全員気持ちが入っていたし、いつもなら崩れてしまいがちなところも、その後は落ち着いて守れていました。一発や られて目が覚めたわけでもないし、試合の入りはそれほど悪かったとは思っていないですね。後ろで見ているかぎりではチャンスも作れていたし、『このままならゴールも奪えるな』と安心していましたよ

――海本選手と大野選手のCBは、試合でコンビを組むのは初めてでした。GKとして、2人にどんな声をかけましたか?
 慶治(海本)とはもう何年もやっているし、カズ(大野)もユースの時からやって良さは分かっているので、やりづらさは感じなかったですね 。声をかけたのは、新潟が守っている時に、4バックの見えない場所やマークのズレ、フリーの選手などのコーチングをするところ。“空気 は点を取らない"ので、人をしっかりとマークさせていました。

――DFラインをかなり高く保って、後ろにこぼれてくるボールを、飛び出して処理する場面が多くありました。
 雨が降ってピッチがスリッピーだったのでラインを高くして、伸びてくるボールは全部狙っていましたね。引いてしまうとロングシュート
を撃たれた時、雨で処理が難しくなる。ある程度裏も突かれたけれど、想定内でした。ただ、自分のプレーに納得はしていないですよ。

――リーグで4連敗とムードも下がりがちだった中、サテライトでも勝利を収めたことで、チームの雰囲気も変えられたのでは?
 大宮戦は若い子たちが頑張ってやっていたし、ユースの選手(田中僚)が入って、点を取って喜んでいた。サテライトは今年初勝利でもあったし、単純に嬉しかったですね。雨でも来てくれたサポーターも、サテライトであっても勝利を見たいだろうし、個人的に応援してくれて いる人もいた。少しでも明るい話題をプレゼントできたのは良かったです。


――トップチームは4連敗を喫していますが、野澤選手気づいた課題はありますか?
 僕は、攻め込まれるのは相手のペースだけど、自分たちのチャンスでもあると思っています。いい形でボールを取って、いいカウンターを 仕掛ける。ゴールが決まらなくても、相手に怖さを与えられればいいけれど、最近はそれが少ないかな、と思う。怖さを与えられる守備、 攻撃でリズムを作っていけると思うし、新潟らしいひたむきさが出てくるんですよね。ただ、チームがそれほど悪い状況だと思っていない ですよ。守備も、崩れているわけではないし、「ボールがどっちに転ぶか」という所の勝負で相手に行っているだけ。悲観はしていません 。「自分が出ればこうする」というのは無いです。普段通りやるしかない。気持ちよく皆がプレーできる声をかけてあげたいと思います。気 持ちで身体の動きもだいぶ変わってくるはずですから。


――サポーターへのメッセージを。
 金メダルを取ってきます! 北京五輪は終わっているか(笑)。本当に応援してくれている人たちの声援や一声が力になっているし、それがあ るからこそ、下を向かずにやれている。応援には本当に感謝しています。これからもご声援よろしくお願いします。



野澤 洋輔選手 湘南ベルマーレへ移籍のお知らせ  〜2009.1.6 アルビレックス新潟オフィシャルサイトより〜
◆コメント◆
まず、このような形で新潟を去ることになり、本当に申し訳ありません。最後まで野澤の復活を願ってくれていた方々、子供達ごめんなさい。
皆さんは良いときも悪いときも一緒にいてくれました。

嬉しい時も辛いときも一緒の気持ちでいてくれました。

そんな家族のようなアルビレックス新潟のサポーターが大好きです。

そして自分を人間として育ててくれた新潟というこの地も大好きです。

どんな形だろうと、この第2の故郷新潟にまた帰って来たいです。

9年間、本当に、本当にありがとうございました。