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    <2006年 SCRAP> 
記録
 J1リーグ通算 45試合0得点
 J2リーグ通算 131試合0得点
 天皇杯通算 7試合0得点
 Jリーグ初出場・・・2001年3月11日J2第1節新潟(VS鳥栖)
 Jリーグ初完封…2001年3月31日J2第4節(VS川崎F)
 アルビ初出場…2001年3月11日J2第1節(VS鳥栖)
 アルビ初完封…2001年3月31日J2第4節(SV川崎F)

(2006年度)現在の野澤選手の防御率
(2006.4.23現)
場数 出場時間 失点 完封 防御率
10 900
23 リーグ2
2.30
シーズン 所属クラブ リーグ戦 リーグカップ戦 天皇杯
2001 新潟(J2) 44(0) 1(0) 2(0)
2002 新潟(J2) 43(0) - 1(0)
2003 新潟(J2) 44() - 2(0)
2004 新潟(J1) 19(0) 6(0) 1(0)
2005 新潟(J1) 26(0) 6(0) 1(0)

【2006シーズン 戦力分析レポート:新潟編】鈴木新監督を迎えても、新潟らしい「アグレッシブなサッカー」は健在。J1に定着した今季、上位を目指す。 [ J's GOAL ]より【日本代表へイチオシ】

●GK 21 野澤洋輔
新潟で、日本代表に最も近いのは、GK野澤洋輔。J2時代の2001年から正GKに。J2で通算131試合、J1では昇格後の2シーズンで45試合に出場し、昨年、一昨年とJOMOオールスターサッカーにも出場。華やかな舞台に立った。経験を着実に積んでいる。181cmと、GKとしては体格的に恵まれているとは言えないが、ボールに対する反応の速さは群を抜く。試合を重ねるごとに、キャッチングにも安定感が出てきた。 
今季、変化があったのは気持ちの部分。新潟在籍は7年目と最古参になった。年齢も27歳になる。チーム内でも中堅に位置する。「今年は自分から何かをしていかないと」。リーダーとしての意識が芽生えてきた。グアムキャンプの練習試合でも大声で細かく指示を出す場面が目立つようになった。守備の最後の砦であると同時に、精神的な基盤になろうとしている。 
これまで「代表」という言葉に対しては、あっさり「無関係」と意思表示していた。これからも新潟の守護神として、自分を磨いていく姿勢は変わりなさそう。ただ、そうして積み重ねてきたものが、周囲が放っておけないレベルになりつつあることも確かだ。  

アルビレックス新潟 アシストプレス3号より

【チームを牽引する】
若手の選手が多く入ってきたことで、自然に僕や、前から新潟にいる選手が、木寺さんや桑原さんたちのような立場にならなければいけないのかなとは意識しています。
個人的な目標は、まずは試合にフル出場するこt。しっかりとゲームに出て、チームに貢献することが第一です。
あとは・・・、“失点ゼロへの挑戦”ですね(笑)


「GK野澤風読んで 必然アシスト」 ・・・スポーツニッポン(スポニチワイド新潟)より

上空はフォロー・・・だからハイボール
【3.29ナビスコ杯清水戦。同点ゴールを検証】
たった1本のパスで同点に追いついた。 後半ロスタイム。GK野澤の超ロングフィードがFWエジミウソンにとおりゴールにつながった。偶然が重なったようにもみえたシーン。 だが、野澤の中では限りなく必然に近いゴールだった。
  この日の新潟市は最大瞬間風速25.4メートルを記録する、強風が吹き荒れていた。「 いつものビックスワンは風邪の影響をまったく受けない。だけど、あの日の試合は違った。」と、野澤は振り返った。
  スタンド上部に掲げられたクラブ旗のはためいている方向とは違う向きの風向きを感じ取っていた。 「旗の向きからいえば逆風のはずなのに 西部のキックがやけに伸びてくるからおかしいなと思っていた。」
野澤のプロ“プロ初アシスト”はこの上空の風向きを読みきって高いボールをけったところから生まれたが、 さらにもうひとつミソがあった。
この試合の2トップ矢野とエジミウソン。通常なら長身の矢野をターゲットにするが、 あの場面で野澤はあえてエジミウソンを狙った。「あそこは時間もないからイチカバチカ。相手も警戒している矢野にけるよりノーマークのエジミウソンなら確立は同じ。 それにエジの競った後の動きだしは異常に速いから」
結果は野澤の読み通りだった。
試合終了間際にGKの蹴ったボールをFWが決める。 漫画のようなシーンの裏側には野澤の冷静な判断力があった。 これからも審判の笛が鳴るまでアルビの試合からは目が離せない

J
1リーグ第7節VSヴァンフォーレ甲府 ゲームレポートより     2006/4/8

<野澤洋輔選手 コメント>
 気持ちが入っていた。みんなの体も動いた。ナイスゲームだった。若い連中が気持ちを出して勢いのあるゲームになった。寺(川選手)や梅(山選手)が、セカンドボールを際どいところで拾ってピンチの芽を摘んでいた。だから若手やベテラン、みんなの勝利だと思います。



2006年7月7日
【2006JOMOオールスターサッカー】出場監督・選手発表コメントより


野澤 洋輔(新潟)
ありがとうサポーター、ありがとう投票、
今年もありがとう
今回で3年連続の出場となりました。たくさんの方々に応援され選手として最高の喜びを感じております。
ワールドカップで目の肥えた子どもたちをがっかりさせないよう、しっかりとプレーしたいと思います。
今年もたくさんの投票、本当にありがとうございました!!


オフィシャルマガジン"PREVIEW” vol.2より
【ゲームをすることを楽しみたい】
-中断期間の練習試合では比較的好調だった-
「特に大宮戦では出場した時間帯は失点していませんから。結果的にはいいものが残せたと思う」
-前半戦は途中から北野選手にポジションを譲る形になりました-
「気持ち的には吹っ切れたというか、純粋に試合に出たいという気持ちが強いです。チームのために何ができるかという気持ちも。 特別に変わった練習をしてきたわけではないですが、シュート練習をするFWに長い時間付き合うことで、体の反応やバランスをチェックしました。どういうタイミングで飛ぼうとか。。。それ以外はやはり気持ちの部分。」
「試合をすることを楽しみたい。楽しめるということはいいプレーができているということ。そうなれば、自然とチームに貢献する選手になれると思う」


9/9スポニチ新潟ワイド (〜白鳥健太郎) より
【野澤待つ勇気で完封だ】
 リーグ戦出所うは4月23日の福岡戦以来、約4ヵ月半ぶりとなる。北野が5日の練習中に腰を痛めたため、出番が回ってきた。
野澤が着実に進歩していることを披露する場が訪れた。「今までで、一番いい状態かもしれない」野澤はベンチを温めるようになって以来、冷静に自分をみつめることができるようになった。身長では他の二人に及ばない。ならば自分はどうするべきか。「どこまで待てるか。これまでは、多少読みを入れてプレーしてきたけど、今はぎりぎりまで動くのをガマンしている。」相手のシュートコースを読み、いち早く反応すれば、ファインセーブの可能性は高まる。だが、それでは打ち損じのシュートや見方のDFに当たり方向が変わった場合に対応することができない。そして待ちすぎると今度は相手のジャストミートしたシュートに反応できない。紙一重のタイミングと待つことの勇気。
それをこの雌伏の期間に磨いてきた。
 やることはやった。野澤は王国静岡で再び守護神をつかむための道筋をつける。

【記録】GOGOアルビレックスより 12/26

2006シーズン裏話2

今季の新潟は、キャプテンを固定せず、試合ごとにキャプテンを決める「ゲームキャプテン制」をとっていた。
ほとんどはチーム最年長の海本慶治が務めていたが、意外な選手も一度だけなっている。
GK野澤洋輔だ。
4月12日のナビスコカップ千葉戦(フクダ電子アリーナ)野澤は左腕にキャプテンマークを巻いた。
「生涯初の体験だった」
この試合のスタメンにはベテランの岡山、宮沢、鈴木慎、シルビーニョと野澤よりも年上の選手が名を連ねていた。

ただディフェンス陣は三田、藤井、中野、鈴木健と野澤と同年代か年下。 「ディフェンダーが全員自分よりも若いのは初めてかな」
新潟に在籍して7年目、チーム最古参になると同時に年下の選手も多くなっていた。
「今年はある程度リーダーシップを出さないと」そんな自覚を形でも見せなければならない場だった。雨の中で行われたこの試合は接戦だった。
懸命に千葉の攻撃陣にくらい付くDF陣に、野澤は懸命に指示を出した。結果は2対3。シーソーゲームの末に新潟は敗れた。

ただ鈴木監督は後にいった。
「序盤戦で手応えを感じたのはナビスコの千葉戦。負けはしたがチームにまとまりがあった」
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